ビビッド・ミッション、お任せを
         〜789女子高生シリーズ
 


       




共通点は同世代の女の子同士だということだけ。
血統的には どうやら日本人であるらしいが、
今時に王室に仕えるなんていう、お行儀も規律も厳しかろうお務めを、
まだ十代でこなしておいでというだけでも、世界の異なるお人でもあって。
価値観や常識、倫理観までもが、
もしかしたら大きく違うのかもしれないという恐れも大だということ、
その折は全く想定になかったお嬢さんたちで。
大人からすりゃ“それだからいかんのだ”と呆れられるかも知れないし、
いやいや“まったくもって性懲りがない”と叱られちゃうかも知れないが、

 ヲトメの直感が“何かあるのだ”と囁いたから

初対面もいいところ、
しかもその上、気絶しているお顔としか、
実質 向き合ってないも同然というお相手だったのだけどもネ。
何か言いたかった彼女なのだと、そりゃあ強く感じ取ってたんだもの。
そこは、同じく非力なヲトメ同士、
この手で足りるなら、何かせずには いらりょうかって、
そんな気持ちが沸いただけのことなのよ、うん。



      ◇◇


それを言ったら彼女の側にしてみても、
保護された時点からのずっと、気絶していた身だったのだから。
救護室から連れ去られそうになったあの混乱の中の、
正にほんの一瞬の邂逅でしかなかったようなこちらを、
どんな接し方になったところで、
どこまで信用してくれるものか…と 考えなくもなかったものの。

 「そうと思ったからこそ、
  発信機だのでは怪しまれようと思って、使うのを避けたのですがね。」

ヘイさんたら…と、
何でもあれの十徳ナイフのようなお人なのへ呆れた七郎次としては、

 「それと…そのメールが果たして本物かどうか。」

ひなげしさん曰く、凝った仕掛けのあるメアドだそうなので、
関係のない他からの紛れ込みはないとして、でも。
平八が手渡したメモごと、あの後 没収されていたら?
若しくは、発信したのを察知され、
監視のための何かを、検閲よろしく途中から添付されてたら?
何せ、国交のないお国へ使節としてお越しの皇女様づきの侍女というお人だ。
連れ戻すのにあれほどの大人たちが動いたほどなのだから、
拉致されたのは彼女の本意からのことじゃあなくとも、
それこそまた狙われやしないかと、
以降は何かと監視も厳しくつくに違いないのでは?

 「まあ、そういった精査は、
  内容を見てからでもいいんじゃないでしょか。」

既に本文を読んでいるらしい平八が、
少々疑ぐりの籠もったような眸をしている七郎次なの
“まあまあ”と促したので。
彼女が眸を通した分には異状も無かったということかしらんと、
やはり未読組の久蔵とお顔を見合わせてから、
うんと頷き合うと液晶画面に開かれたメールの本文を読み始める。

 [突然、不躾なメールをお届けすることをお許し下さい。]

 「…さすがの丁寧さですね。」
 「容量が。」

この調子で綴って、メール文章の規定容量が足りるのだろうかと。
奇しくもというか、そこは現代っ子ゆえ、
言い方は違いつつも、同じことを案じた七郎次と久蔵だったが、
それへは平八がにっこり笑って見せて、

 「大丈夫ですよ、何通かに分けて届いてますから。」

 「……☆」×2

いやいや、相手は真剣真摯のことなんだろうから、
この程度で 笑ったりコケたりは失礼かもと。
何とか 気を取り直しての読み進めれば、

 [私は、今この国で素性を明かすのは憚られる身の者ではありますが、
  何物かに拉致されんとしていた私を、
  それは颯爽と助けて下さったのが あなたがただと聞きましたので、
  こうして、頂いたアドレスへのお便りをさせて頂いております。]

ところどころで文脈や言い回しがぎこちないのは、
日本語が日頃から使っている言葉ではないからなのだろう。

 「むしろお上手ですよね。
  丁寧な言い回しをと心掛けてらっしゃるし。」
 「王室の…。」
 「そっか、そういう“常から”というのもあるのかも。」

決してもーりんの筆が至らないからではありませんので、
まま悪しからず。(えー?とか言わない。)笑

 「あれ? でも…。」

くどいようだが、
こちらのお嬢様たちが現場へ乱入した時点で、
彼女は既に意識がない状況ではなかったか。
よって、連れ出された場に居合わせたくらいしか知らないはずが、
自分たちが彼女を助けたと、どうしてそこまで知っているのか。
お聞きしましたって書いてあるけど、一体誰から聞いたのかなぁと、
まずはの“おやや?”を数えた格好になりかかったものの、

 [あなたがたに保護されていたところから私を連れ戻した方々は、
  内密に外出をした私を尾行しており、
  出先で連れ去られようとしていたところまで監視していた。
  あなたがたの頼もしい行動の一部始終も見ていたというのです。]

さっそくの“何じゃこりゃ”という微笑ましい日本語なせいだろうか、

 「…あの人たちがあちこちの物陰から、
  あの危機一髪の場を悠長に見物していたような響きがあるのですが。」
 「……。(頷、頷)」

 「まあまあ、シチさん。久蔵殿も。」

もうちょっと咬み砕かせていただくならば。
あの、いきなり乱入して来て問答無用で彼女を連れ戻した、
愛想なしで寡黙だった、スーツ姿のおじさんたちご一行は。
そもそもからして彼女の監視をしていた人たちで、
あの拉致されんとしていた現場にもこそりと居合わせた、
若しくは、監視の眸を届かせていたらしいということだろう。
勿論、七郎次や久蔵にもそのくらいは通じており、

 「…ってことは、まずは彼女が勝手に外出を構えたってことか。」

まま、それだとすれば、
何だなんだと怪しんでのこと、
随行役の大人がその行動を監視するのも成程当然ではある。
ただ、何ならその時点で強引に連れ戻してもよかったことであり、

 「むしろ、そうしなかったのが不自然だよね。」
 「……。(頷、頷)」

お仕えする皇女様の外遊への同行ですもの、
日頃のお務めに誠実真面目だからこそ選ばれたのでしょうに…と思えば。

 「ちょこっと遊びに…というよな、
  不謹慎な外出じゃあ なかったんだろうけれど。」

そしてそして、

 「見張ってた彼らも、
  その行動自体は止めるつもりはなかったってことかしら?」

少し読んでは情報の整理がてら、う〜んなんて唸っている七郎次であり。
そんな彼女と同じように小首をかしげる久蔵なのを見て、

 「ほ〜ら、段々と引き込まれてっちゃうでしょう?」
 「う…っ。」

平八がほらとすんなり提示したのへ、
怪しみもしなかったなんて…と、
こちらは疑りのお顔になった慎重派の白百合さんでさえ、
結句 内容に引き込まれていては世話はないと言いたいか。
ほらどうよと、くすすと微笑ったひなげしさん。
そんなやりとりを聞きつつ、不意に久蔵が立ち上がったのは、
そんな彼女に腹が立ったというんじゃあなくて。

 「……。」
 「あ、そうですね、その方が早いか。」

PCタブレットを持って来たので、
ひなげしさんのスマホを接続し、
画面の大きいそこへと展開させての、
3人であらためて文面を覗き込むこととなった。

 それによれば……


    ***



ホノカという名前の彼女が生まれ育ったのは、
アジアというより中東に近いとある小さな王国で。
親御が…どころじゃあない、先祖代々仕えて来たというお家柄から、
彼女もまた、ほぼ当然のことのようにして、
その国の王政を担う王家の、
(メールでは“さる実力者”となっていたが)
主には一族の皆様の生活を補佐するところで
お務めをなさっているのだとか。
忠誠心が強く、よく気がつき、
口が堅く、されど行動力はあるところを、
利発で行動派な 末の“お嬢様”(恐らくは“皇女”)自身から気に入られ。
傍仕えの侍女たちの中で最も信頼されての一番の間近に置かれ、
今回も彼女の来日について来よと指示されて同行して来たという。

こたびの外遊は単なる洋行ではなく、
一族の代表という形のお務めを帯びたもの。
まだ幼いお嬢様ゆえ、言動に(政治的な)決定権はないものの、
それでもまずはの友好関係を結ぶための地ならしとして、
大きな意味のある会見を控えてもおり。
日本へ着いてからも順調に運んでいたのだが。

 [実を言うと、
  日本との友好関係を築こうという方針、
  支持者ばかりという訳でもないらしいのです。]

大人の皆様の世界のお話、
侍女に過ぎないホノカにはよくは判らない…としながらも。
それが進むと立場が悪くなるものか、
反対派の陣営というのがあって。
しかもその中には、彼女が仕えるお家の(王家の)
分家筋の一族の方々もおいでというから話はややこしい。
議会での採決なぞでは
断然 主家派の方々が圧倒的多数を占めておりますことを歯痒く思ってか、
直接的な横槍を示すようにもなっておいでで。
確たる証拠はないながら、
その方々とつながりがあろう関係者…と見られる存在からの、
脅迫や嫌がらせも重なっていたという。




     ***


うあ、これってもしかして政治的な話?と。
七郎次が せんぶりを飲めと言われたようなお顔で口許をひん曲げ、
久蔵は…小首を傾げたまま固まってしまっているような。
あくまでも“素性は明かせない”とし、
ちょっとしたブルジョワ、権門のお家騒動のような方向に暈しているけれど。
こちらの3人は既に勘兵衛から、
ホノカというらしい彼女が、王家の皇女様づきの侍女だと聞かされていたので。
その辺りはすっかりと、フィルターなしで受け止めてもおり。

 「確たる証拠はない脅迫や嫌がらせって。」
 「まあ…古今東西よくある話ですが。」

直接手を下さずとも、はたまた、わざわざ依頼なんてしなくとも、
私のためにと思ってのこと、
手を汚すことを辞さぬ者はいくらでもおりますから…ってところかと、と。
平八が困ったことよと眉を下げ、

 「反対派ってのは、
  別な国と通じて利益を独占していたとか?」

単なる企業間での確執レベルじゃない訳だからと、
七郎次がしょっぱそうなお顔をしたのへ、

 「しかもその国が日本とはあんまり仲がよくはない、
  でもでもレアメタルで鼻先振り回せるような関係にあるんだったら、
  その美味しい条件の効果が半減するようなことへは
  成程 良い顔しないでしょうしね。」

ひなげしさんがそうと付け足す。
うわあ、これはさすがに話がデカ過ぎると、
少々逃げ腰になりかかったか、
傍らの紅ばらさんの細い肩、
ひしと抱きかかえてしまった白百合さんだったものの、

 「…でも、」

久蔵がぽつりと口にしたのは、

 「らしくない。」
 「はい?」

間近になった白百合さんの白いお顔を、
眩しいものでも見るように目元たわませ見上げた彼女で。
後込みするような七郎次の怖がりようを指してのことかと思いきや、

 「…そうですよね。
  初めて来た土地で怖い目に遭っても、
  大人たちから寄ってたかって、
  叱られそうというの前提で、力づくという無理強いをされても、
  悲鳴さえ上げなかった人だのに。」

気丈でしかも、慎みを忘れないこと この上ない人なようだったホノカが、

 「どうして、そんな大事なお務めの最中に、
  勝手な外出なんてことをしたのでしょうか。」

 「…そこまで含んでたんですか、今の一言。」

眼差しとか表情込みじゃああったのだろが、それでも…と。
今更ではありますがと、平八が呆れたほどに、
久蔵とのツーカーぶりも相変わらずな白百合さんなようであり。

 「それなんですけれどもね。」

平八が操作して、2通目のメールがタブレットの液晶画面に開かれる。
そこには…何とも衝撃的な事態が綴られてあったのだった。


 「……皇女様が誘拐された?」








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  *あああ、説明文だらけですいません。
   もはや女子高生が首を突っ込む話じゃ
   ないんじゃないかとか思わんでもないのですが、
   その辺も、次の章にて…。


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